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2008年12月23日 (火)

日本文化評論序説 第7回

保健思想の左右の偏向を戒める 汲田克夫著「宮本顕治の保健思想」

Miyamotokennzi_2  7月18日、日本共産党元幹部会議長宮本顕治が亡くなった。享年98才、老衰死と発表された。

 私は学生時代に、当時大阪教育大学教授の汲田克夫氏の著書「宮本顕治の保健思想」と出会い民医連参加につながる道を歩み始めた。繰り返し読み返している宝物である書籍を紹介することで、敬愛する宮本顕治への追悼文としたい。

 宮本顕治は戦時中、思想犯として刑務所に12年間拘禁され、拷問と劣悪な環境で虫垂炎、腸結核、腸チフスに次々罹患。病死することを意図した権力側に仮病扱いされ、治療を受けられず放置された。しかし、彼は寒さと飢えにも苦しめられながらも病と闘い回復し戦後解放され現在の日本共産党の礎をつくった。

 獄中の宮本顕治と妻の宮本百合子との間でかわされた書簡が「十二年の手紙」として出版されている。汲田氏はこの劣悪な環境を生き抜いた宮本顕治の健康観を「十二年の手紙」の中に発見し書き抜いて『 宮本顕治の保健思想』として発表した。

 宮本顕治はまず資本社会が生み出す矛盾から脱しない限り人間本来個々人に与えられた生命を全うすることはできない。だからこれと闘わずに真の健康は得られない。闘いを続けることで自分自身の生命を縮めると言う矛盾はさけられない(あり得る)と主張する。しかし、彼は安楽な環境下で自分自身の健康のみを追求することを保健思想の右への偏向として批判した。多くの医療人の賛同するところであろう。当時の彼のおかれた状況下では それは思想を捨て転向し仲間を売ることであった。これは肉体的な死の前にすでに精神的な死を 意味する。

 一方で、与えられた条件下でも健康を追求しなければ社会変革をなし遂げることができないとして、自分の健康管理をきちんと行わずに活動のみに殉じ不健康状態であることを放置する態度を「左」への偏向として 批判した。

 彼は、獄中で寒さとろくな食事も出されない中で生き抜くためにできることを考えぬいて、乾布摩擦、筋力トレーニング などを毎日欠かさず、当時死の病とされた腸結核を自然治癒力のみで克服した。

 宮本顕治は、優れた健康保持能力を持っていて、それを裏づける力強い保健思想を貫いて牢獄から生還した30年前に出版されたこの書籍には現代に生きる我々が学ぶべき保健思想が凝縮されている。

 7月のこのコラムで触れた 小田実氏も7月30日に亡くなった。ご冥福をお祈りする。

(この書籍は100ページに満たない小冊子ですが、古書店でも入手困難です。全文に興味のある方は、いかぽっ報編集部までご連絡ください。)

Eーmail ikapoppou@yahoo.co.jp

(佐々木悟 医師:函館稜北病院 内科科長&副院長)

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