コラム「光る泥団子」
コラム「光る泥団子」は創刊号につづく、2006年11月1日発行の第2号に掲載されました。「いかぽっ報」発行に至る逸話にふれています。
光る泥団子
昔、深夜番組の「タモリ倶楽部」を見ていた時のことです。大学の助教授とタモリを含めた五人くらいが道端で土を探してきて、水を少しまぜて粘土状にし、砂や手で磨きに磨いて、両手におさまるくらいのピカピカの「光る泥だんご」を作っていました。素材と作品のアンバランスに驚きました▼さて、医局報のコラムの名称の話です。数年前、私達の仲間の中堅医師が退職しました。真摯な診療態度や診断をあいまいにせず勉強する態度にスタッフや患者さんから慕われていた先生でした。退職理由には色々あったと思いますが、そのなかに「稜北病院には光るものがない」ということがあったそうです▼それを伝え聞いた稜北の医師達は落ち込みました。最先端の医療や、何かに特化した「この指止まれ」の医療はできません。今で言う「ポジショニング」も不明確でした。それから一年くらい経過しました。医局のなかの何気ない会話の中で「稜北病院は、光る泥だんごで行こう」と発言した先生がいました▼医局の医師たちはこの言葉が気に入りました。私は、昔みた「タモリ倶楽部」の光る泥だんごがすぐ思い出されました。
(画像提供http://www.kyokyo-u.ac.jp/youkyou/4/4.html )
(横倉基 医師:函館稜北病院 医局幹事長&内科医長)


