あいさつ・コラム

2008年12月 7日 (日)

コラム「光る泥団子」

 コラム「光る泥団子」は創刊号につづく、2006年11月1日発行の第2号に掲載されました。「いかぽっ報」発行に至る逸話にふれています。

光る泥団子
Dorodango  昔、深夜番組の「タモリ倶楽部」を見ていた時のことです。大学の助教授とタモリを含めた五人くらいが道端で土を探してきて、水を少しまぜて粘土状にし、砂や手で磨きに磨いて、両手におさまるくらいのピカピカの「光る泥だんご」を作っていました。素材と作品のアンバランスに驚きました▼さて、医局報のコラムの名称の話です。数年前、私達の仲間の中堅医師が退職しました。真摯な診療態度や診断をあいまいにせず勉強する態度にスタッフや患者さんから慕われていた先生でした。退職理由には色々あったと思いますが、そのなかに「稜北病院には光るものがない」ということがあったそうです▼それを伝え聞いた稜北の医師達は落ち込みました。最先端の医療や、何かに特化した「この指止まれ」の医療はできません。今で言う「ポジショニング」も不明確でした。それから一年くらい経過しました。医局のなかの何気ない会話の中で「稜北病院は、光る泥だんごで行こう」と発言した先生がいました▼医局の医師たちはこの言葉が気に入りました。私は、昔みた「タモリ倶楽部」の光る泥だんごがすぐ思い出されました。

(画像提供http://www.kyokyo-u.ac.jp/youkyou/4/4.html

(横倉基 医師:函館稜北病院 医局幹事長&内科医長)

2008年12月 6日 (土)

いかぽっ報創刊号のあいさつ

 いかぽっ報は2006年10月1日に創刊されました。

 創刊のあいさつは、医局幹事長の横倉基 医師からでした。

いかぽっ報創刊にあたって
Yokokura_dr_2  道南勤医協の医師集団が医局報を発行します。名称は『いかぽっ報』です。
 道南勤医協の職員や友の会の皆さんはもとより、北海道民医連の職員の皆さんに、私たちのメッセージをお伝えし続けたいと思います。
 医局報発行の話しが出たのは2006年の医師合宿でした。医師合宿は道南恒例の行事で、毎年3月頃に一泊二日の日程で近場の温泉ホテルで開催されます。

 合宿の内容は、①医師が全員集まり現時点での法人や医師集団がかかえる問題を議論する、②各医師の今年度の振り返りと来年度以降の目標などを夜が明けるまで飲みながら話し合うというもの。

 そこで私の目標として提案したのは、本のような厚い形式ではなく、もっと気軽に出せて、道南の医者達がどんなことを考えているか、その集団の雰囲気が伝わるような医局報の発行です。

 北海道のどこかで民医連を辞めたい気持ちになっている医者がいたら、ちょっと道南にでもいってみるか、という気持ちにさせるようなものにもしたい。山登ったりマラソンをしたりする医者が多いからその記事も載せよう、など意見が次々とでました。
 日本の北、サロマ湖近くで生を受けた横倉と日本の南、沖縄生まれの大城先生の二人がこだわるコラム『光る泥団子』にもご期待下さい。この由来については、次回以降の紙面でご紹介することにします。皆さんからの本紙へのご意見をお待ちしています。

(横倉基 医師:函館稜北病院 医局幹事長&内科医長)

2008年11月30日 (日)

はじめまして

 はじめまして。わたしたち道南勤医協 函館稜北病院の医局には12名の医師がいます。

 この医局の素顔をおしらせしようと、2006年10月から、医局報「いかぽっ報」(いかぽっぽう)を発行し、今年11月で50号をむかえました。

 「いかぽっ報」は医師たちのユニークな記事、職員の投稿など、多彩な内容にあふれています。 

 50号の発刊を機に、「いかぽっ報」を、より多くのかたがたにみていただこうと、ブログに公開することになりました。

 紙の「いかぽっ報」の記事を整理して、順次公開する予定です。紙面とちがった味わいの電子版いかぽっ報をお楽しみください。

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