山歩きと人生つれづれ

2009年2月11日 (水)

山歩きと人生つれづれ 第6回

この夏サロベツ原野を歩く 遥かに雄雄しい利尻富士を望みつつ

Sarobetu  周りには何もない、はるか地平線まで見渡す限りの原野が広がる。抜けるような青空が今回の旅を祝福している。はるばる未知の世界に車を走らせてきた甲斐があった。この北海道は盆が過ぎれば秋風が吹くといわれているが、今年の気候は日本列島の記録的酷暑のあおりでいつに無く暑さが残っている。さすがにここ最北の稚内の近く、サロベツ原野は幾分道南に比べればしのぎやすいが、それでも湿原を各所歩き回るとじっと汗ばんでくる。

(上写真:サロベツ原生花園にて、著者)

 湿原の花期は終わりつつある時期でもあるが、サワギキョウやタチギボウシなど湿原ははや秋の準備に入っていた。赤とんぼも群れていた。好奇心旺盛な一羽の野鳥がまるで案内人であるかのように木道の行く手にぴょんぴよん跳ねながら、つかず離れずついてくる。

 『サロベツ』とはアイヌ語で『湿原を流れる川』という意味だそうで、そのままこの地域の特色を物語っている。とにかく広大な原野でその7割を湿原が占めている。60年代から国の大規模な農地開発が行われ、周辺の湿原は牧草地や農地に変わりつつあり、明治・大正期と比べてサロベツ原野の湿原は半減しているという。乾燥化がすすんでいることも実感した。

 北海道は湿原の宝庫でもある。日本の湿原の80%が道内にあり、自然の湿原が最も残されているのが北海道である。動植物の多様性が豊かなのも北海道の湿原の面白さでもある。国境を越えて渡りをする水鳥たちを、国際条約により保護することから始まったラムサール条約もいまやその保護対象は地層や水系、そこに生息する様々な生態系などに及んでいる。まさに地球環境問題や人間社会の開発のあり方そのものに大きな警鐘を鳴らしている。人の営みと自然保護の共存をどうはかって行くか、ますます重要な現代的命題となっている。

 初日は雲にかかって頂は見えなかったが、翌日は僅かにかさ雲はあったものの、湿原の向こう、洋上に浮かぶ利尻山を遠望することができた。いつの日か、体力が続けばぜひ登りたいものだと思いながら、じっとその偉容を見つめていた。

 北海道には山地の湿原も多い。大雪山系の湿原群も有名だが、身近にはニセコ山地に神仙沼湿原などがあるし、お膝元には横津岳湿原や函館市でさえ袴腰岳に松倉川源流湿原などがある。興味のある方はたまに歩いてみてはどうだろう。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長)

山歩きと人生つれづれ 第5回

北海道の母なる大雪山系 高山植物の女王コマクサに感動

Komakusa  長年、外来で糖尿病患者さんとお付き合いをしていると、山歩きや自然を歩くことを趣味としている方が意外と多いのに気づく。毎年山菜取りにいそしむ方々も少なくないが、歩くこと自体が楽しいし、健康にもいいので次第にファンが増えているように思う。ウォーキングがもっとも手軽で安全な、そして健康づくりに適している有酸素運動であることが広く認知されるようになった。

(上写真:大雪山系のコマクサ)

 50を過ぎて山に魅せられてから、ほぼ一年おきに大雪山系におもむき、その雄大な自然の中で夏休みを過ごすことになった。麓のいで湯の宿でゆったり一年の疲れを癒しながら、山を歩きまわる至福の時。山の中でキャンプを張るなどという体力的に無茶な登山はしない。必ず温泉宿をとって、そこを基地にしてあちこちの“安全な”“身の丈相応な”山歩きに徹し、自然を満喫することを信条としている。

 雨の中を歩くこともある。それも風情がある。山の天候は予測がつかない変化があり、霧が突然晴れ、下界が忽然とその雄大な姿を現すときのなんともいえない爽快感がからだを震わす。

 層雲峡から黒岳を経るコース、旭岳温泉から縦走するコース、赤岳から入るコースなど様々な季節の変化と大自然のドラマを実感できるルートがあり、何回訪れても飽きることはない。

 特にチングルマやツガザクラの咲き乱れる初夏の大雪山系の眺望は格別である。雪渓がいたるところに残り、スキーのストックが役に立つ。高山植物の女王といわれるコマクサとの対面は感動ものでもある。氷河期の生き証人、ハイマツの梢でさえずるギンザンマシコに遭遇するめったにない機会もあった。ナキウサギにあえるのは白雲岳というが、残念ながらまだお眼にかかっていない。

 太古の昔から悠久の大自然を守り育ててきた地球環境がいまや危機に瀕している。そのことを実感できるのもまた自然からである。様々な動植物から生命をかけた警鐘が聞こえてくる。

 そしてこの美しい山河と人間の営みを破壊する最大の脅威は戦争。東京の焼け野原に舞い戻った幼少の頃をふと思い出す。60年前のことだった。二度と戦争はしないと世界に誓った戦後の日本。それを保障した憲法9条改定の動きがいまや急である。『美しい国づくり』と、むなしく叫ぶ日本の首相に、冷たい沢水で頭を冷やしなさいと言ってあげたい。

 その『美しい国づくり』の正体を知ったとき、国民は新たな反撃を用意するに違いない。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長)

山歩きと人生つれづれ 第4回

共に八甲田に登った仲 前川・紺谷両氏が春の地方選に立候補

Hakkoudasan_2 八甲田山系のふもとは温泉銀座でもある。数年に一度は自然探索に訪れている。

 4年ほど前、ひょんなきっかけから一緒に八甲田山系に出かけた三組の夫婦。7月の夏休みにフェリーで青森へ。少し近隣の自然探訪で足慣らし、谷内温泉に浸かりながら前夜は宿で会食・交流。

 翌早朝、八甲田ロープウェイから赤倉岳、井戸岳のルートで主峰の八甲田大岳へ。下りは毛無岱の湿原を抜け酸ヶ湯温泉に降りるコース。約6時間の行程である。八甲田の山歩きのメッカでもあり、比較的安全コースでもある。

 あいにく霧の中が多かったが、愛くるしい高山の花々をめでながら縦走。湿原では幻想的な桃源郷のおもむき。夏山は暑さでばてるので、適度なお湿りがあったほうが歩きやすい。次男が付き添いで同行してくれたので助かった面もあるが・・・。

 一組はつい最近道議になって早くも獅子奮迅の活躍を見せている前川一夫さん夫妻、彼はそのときが始めての登山であったが、持ち前の粘りと体力はすばらしく、新品ほやほやの一眼レフの立派なカメラで花をとりまくり、後日CDに落として送ってくれた。前川さんはそれ以来やはり山にはまってしまったようだ。最近は議員活動が忙しく、会うたびに「実は山にいけなくて参っているのですよ」とぼやくことしきり。まあ、大橋道議の後釜として嘱望され大活躍中であるので、しばらくは“ご苦労様”というしかない。

 もう一組は、これまた次期一斉地方選挙で市議会議員候補になった紺谷よしたかさん夫妻。そのときはまだ現役の市職員であったので、一緒に休暇がとれたが、議員になってしまったら、またぼやかれそうだ。それでも「函館山9条の会」ではあちこちの山を歩いているようだが、ぜひ市議会議員になって、市民のために活躍してほしいものだ。二人の“山仲間”を今春の選挙で当選してもらうために私も微力ながら応援したいと思っている。

 ところで、山好きの政治家は多い。例の不破哲三さんも大の登山好きと聞く。心臓の手術(PTCA)をして、リハビリのため山歩きしたのがきっかけのようである。さて今年2007年は選挙の年、悪政の連続に一泡吹かせたいものである。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長)

山歩きと人生つれづれ 第3回

豊かな自然は平和であってこそ 「函館山9条の会」を立ち上げ

Siraneaoi  函館山には600種を超える植物が自生しているといわれている。雪解けと共に、次々と可憐な花々が競い合って咲き始める。いつしか、そんな花々を眺め、デジカメに収める趣味も加わった。

 冬、雪の函館山を歩くのも気分いいものだ。長靴いっちょあれば、いつでも登れる。

(上写真:春の函館山でよくみかけるシラネアオイ)

 春、新緑の山は、芽吹きの季節として、とりわけ人間の感性をくすぐる。

 夏、深い緑、木々のざわめき、小鳥のさえずり、紺碧の津軽の海、すべてが躍動する。

 秋、木々の見事な色づきは、ひとをつかの間の芸術家に変身させる。

 なかでも新緑のまぶしさは生命の輝きと可能性の豊かさを鮮やかに表現しており、格別に好きだ。晴れた雪の白い世界もサクサクと気持ち良く歩けるが、やはり春の訪れはうずうずしてくる。多忙な日々が続けば続くほど、ホッと一息できる瞬間をからだが求めている。アルコールよりもよっぽど健康的、寸暇を惜しんで出かける。

 2年前(2005年)、この函館山の自然を守り、平和を守るため『函館山9条の会』が立ち上がった。平和なくして、この豊かな自然を後世に残すことはできない。市内から集まった山好きの面々、長谷川先生の一声で名称もすんなり決まった。自然を愛するものは本質的に平和愛好家なのだ。環境を破壊する人類の最大の敵は戦争である。
 やはり2年程前、ある平和団体への寄稿文で『憲法9条を“世界遺産”に』という表題で出したところ、編集子から『遺産』という言葉はどうでしょうかという疑問が寄せられ、結局『世界の宝』に修正して出したことがあった。最近、太田光と中沢新一の同名の書物が出版され話題を呼んでいるが、頑固に主張しておけばよかったかなと苦笑いした。やはり世界共通の宝として永久に保存したいものの意味で、憲法9条を『世界遺産』として輝かしていきたいものだ。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長) 

山歩きと人生つれづれ 第2回

月に一回「フイ」っと函館山へ におい豊かな自然が魅力

Hakodateyama_5 知内側からの長時間コース、真夏の30度を越す熱波の中での登山であり、熱中症になりかけ、エキノコックスなんのその、沢水をがぶ飲みしながらも途中脱落した思い出深い行程であった。さすが若い仲間たちはしっかり登っていった。そのとき私一人とり残され、登頂できなかった無念さよりも、苦しさのなか出会った途中の自然の豊かさへの感動が「すりこみ」となって今に受け継がれてしまったようだ。

(上写真:函館山でのスナップ。右端が筆者)

 私のスタンスは、登山ではなく山歩きであり、自然との触れ合いである。百名山登頂とは縁がない。結果的にはウォーキングの延長みたいなもので、健康づくり、体力維持の一環でもあるが、ストレス時代の心身の癒し系でもある。

 函館山の魅力は四季折々いつ登っても自然が豊かで、同じ顔をしていないということだろう。そこには車やロープウェイでは感じとることのできない、におい豊かな自然が息づいている。都会の中にこんな自然が残っていることにまず驚かされる。戦時中までは要塞があり、軍事機密のため長い間、一般人が立ち入り禁止になっていたことと、津軽海峡に面し、気候的にも道内では温暖地域でもあり、立地条件の良さにも起因しているのだろう。

 わずか334m程度の低山だが、歩くコースには事欠かない。七つくらいのコースがあり、山気分を少し味わいたい人には急登コースもある。私の好きなコースは汐見コースと七曲コースだ。トレーニングのためと、いい空気といい眺めをみるため、月に一回は歩くようにしている。とにかく「フイ」っと、“衝動的に”いくことである。たまの休みに、朝の空模様を見て、青空だったら顔を洗って(洗わないでもいいけど)すぐ出かける。コンビニによっておにぎりを調達し山の上で朝めし。コンビニ文化には普段は批判的だがこんなときには便利だ。

 はるか下北や津軽半島を眺めながらの朝めしで豊かな気分になれる。運がよければ、遠く岩木山がかすんで見えることが稀にある。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長)

山歩きと人生つれづれ 第1回

 八雲ユーラップ医院院長の内山清医師の趣味は「山歩き」です(山登りではありません)。

 内山医師の山歩きにかける思いは、記念すべきいかぽっ報第1号(2006年10月)から13号(2007年10月)まで、6回にわたって掲載されました。山歩きで撮りためてきた写真といっしょに、お楽しみください。

人生の苦楽に思いかさね ひたすら自然との出会い求めて

Asahidake_3  ほど良い土の弾力性が疲れた膝に心地よい。落ち葉を踏みしめながら、一歩一歩登っていく。平坦あり、急登あり、苦楽あり、まさに人生そのもの。山道のそこそこに咲く可憐な花々に力をもらいながら、じっと汗をぬぐう。

(上写真: 06年7月旭岳裾合平の雪渓にて)

 小泉内閣の5年間で、医療・福祉・介護・年金はずたずたにされた。格差社会がかつてなく進行している。日々の診察室で悲鳴と怒りが聞こえてくる。医療機関の経営困難が延々と続く。憲法9条、25条がいよいよ現実味を帯びて危うくなっている。この地球上から、おろかな争いが絶えず、人間性と人権を無視する政治が横行し、環境破壊の深化は大自然から当然の反撃を受けている。

 悲しい、切ない出来事が毎日のようにマスコミで報じられる。唯一の救いがスポーツの世界というのも情けない。いったい世の中これからどうなっていくのだろう。そんな不安がよぎる毎日。とっても健康に良くない。

 そんな中、豊かな自然が驚くような包容力をもって、疲れた人間を癒し、励ましてくれることがある。もともと人間は自然の分身として、自然の中で共生し、豊かな恵みを享受しながら育てられた。人間社会もそうした大自然との共生に回帰することが切に求められているように思う。とはいえ、そんな理屈と関係なく、感性的に自然の美しさと、時には驚異に満ちていることを人は実感しているだろう。

 さて、自分が山歩きに魅せられたのは、五十歳になってからだった。ゲーテは八十歳にして恋をしたというから、まだ可愛いものである。別に今ブームになっている「中高年の山登り」に乗せられたわけではない。当時、同僚が次々と病にかかり、相当これは「ヤバイ」ということもあり、たまたま「道南勤医協山の会」というのがなんとなくあって、道南の秀峰大千軒岳に連れて行かれたときのことが衝撃的で、以来はまってしまったというのが真相である。

(内山清 医師:八雲ユーラップ医院院長)